◆西岩手山も入山規制緩和へ 2004年7月1日から

 「第25回岩手山の火山活動に関する検討会」 (2003年10月21日〜22日)、「第16回岩手山の火山活動に関する検討会」 (同11月13日)、「第16回岩手山火山災害対策検討委員会」 (同11月13日)の検討結果をうけて、岩手県と岩手山周辺6市町村は、1998年7月1日以来入山が禁止されていた西岩手山の3登山道(七滝ルート、松川ルート、網張ルート)の入山規制を2004年7月1日から緩和する方針を決めた。2001年7月1日から入山規制が緩和されている東岩手山4ルートとあわせて、岩手山の入山は全山で規制が撤廃されることとなる。
 但し、後に述べるように、姥倉山から黒倉山に至る稜線部には90度以上の地温の高い区域や噴気孔が分布するため、登山道以外への立ち入りを禁止、また大地獄谷では有毒な亜硫酸ガスの濃度が登山道上でも作業許容濃度を越えるため、谷内部への立ち入りの禁止は勿論登山道上に留まることを禁止する。黒倉山山頂付近は、噴気の勢いが強く、局部的な地殻変動が継続しているため立ち入りが禁止される。
 1998年以降活動が特に活発化した岩手山の火山性地震や地殻変動などは低下したが、東側やや深部の低周波地震の発生や西岩手山での表面活動などは、活発化以前の状態には戻っていない。生きている火山の懐に立ち入る以上、100%の安全は誰しもが保障できるわけではないこと、自己責任が求められることを十分に認識いただくよう、強く要望したい。火山観測体制の維持、長期的な視点に立った火山防災、火山との共生への取り組み継続する必要についてはいうまでもない。



◆岩手山の活動の現状

 東北地方の火山活動解説資料(仙台管区気象台火山監視・情報センター)によると、岩手山周辺での地震回数の推移は以下のようである。

2003年岩手山周辺での地震回数の推移

4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
岩手山の月別地震回数 59 114 33 69 37 49 90 36 22
東側の低周波地震回数 1 9 10 5 2 1 7 1 4
火山性微動発生回数 0 0 0 0 0 1 0 1 0
モホ面付近の地震回数 1 0 3 3 4 4 4 1 3
 震源は、西岩手山浅部、東岩手山やや深部(6〜12km)、葛根田地熱地域で、発生回数に増減はあるが、2001年以降はほとんど月100回以下で推移した。東岩手山やや深部の低周波地震は引き続き発生しているが、地震規模の増大、震源の大幅な移動といった変化はない。
 国土地理院のGPS観測では、岩手山南北の基線長は2000年後半から縮みの傾向が継続し、東北大学地震・噴火予知研究観測センターの定常観測点における歪み、傾斜に変化はない。
 西岩手山の黒倉山・稜線部などの噴気の強さは頭打ちの状況で、新たな噴気孔も2003年には確認されていないが、稜線部の連続観測点の地温は約97度、姥倉山側連続観測点の地温は約89度で低下の兆しがない。大地獄谷の主噴気孔の噴気ランクは季節変動の傾向があり、2003年10月以降も強い日が見られるが、噴気温度は2000年9月の149度を最高に低下傾向にあり2003年10月には116度と低下、ガス組成からも活動は低下と考えられている。
 これらの観測結果から、1998年4月および8月に起きたと推定されているマグマの貫入以降顕著なマグマの活動は発生しておらず、地震活動や表面活動などは今回の活動の活発化以前の状態には戻っていないものの、穏やか状態で推移していると判断される。



西岩手山での調査結果

 2002年10月15日の「第93回火山噴火予知連絡会」の見解から、1999年10月18日から記載されていた「水蒸気爆発の可能性」との文言が削除された。これを受けて、2002年10月16日に開催された「第22回岩手山の火山活動に関する検討会」で、
 @西岩手山の地下の蒸気・熱水貯留層に急激な熱の供給増は生じていないものとして、水蒸気爆発の可能性がきわめて小さくなってきていると考えれる。
 A但し、自然界に100%の安全保障はありえない。通常の地熱地帯でも泥や高温熱水の飛散などの現象は発生しうるが、そのような一般的な危険度(リスク)の範囲に近付いてきたと解釈すべきである。
 B黒倉山〜姥倉山稜線部の噴気孔群、高温部、大地獄谷の有毒ガスなどの危険度に関する調査を実施し、安全対策が構築されれば、2004年度から西岩手山での入山規制緩和を行いうる。
 との方向性が示されている。

 (1) 黒倉山〜姥倉山稜線部の高温部の噴気孔
 姥倉山・黒倉山分岐付近から黒倉山裸地西側にかけての稜線部は、今回の活動が活発化する以前から裸地を形成し、弱い噴気があったが、1999年春以降、稜線部の南北両側斜面の笹地から200箇所以上の噴気孔群が発生し、稜線部の地温も上昇した。この稜線部約500mに登山道が位置している。黒倉山〜姥倉山一体での噴気は水蒸気がほとんどで、有毒な成分を含まないため中毒の危険はないが、噴気孔や高温区域に立ち入らないような安全対策が必要である。
 同区域の地温調査は、岩手県総合防災室、岩手大学工学部、盛岡気象台、岩手県山岳協会、滝沢村、松尾村などの関係者49名が2003年7月31日から9月8日まで5回にわたって実施した。調査区域は、姥倉山中腹から黒倉山裸地東端まで東西約640m、南北約200mの範囲で、分岐付近の東西200m、南北80mの範囲では2.5m〜5m間隔で格子状に測定、合計1071点で30cm深地温を測定した。
 ほとんどの区域で40ど以上を示し、特に90度以上と高温部が幅数m〜十数mで東西に分布、また表層の直下が空洞化している可能性がある区域が点在している。一方、分岐から姥倉山方向の登山道周辺には噴気孔群や熱湿地があり登山道がこれらを横切っている地点もある。
 想定される危険な事態は以下のように考えられる。
  @噴気孔、熱湿地に踏み抜きによる火傷
  A空洞化した場所での踏み抜きによる噴気の噴出や熱泥による火傷
  B噴気活動の活発化による火傷
  C噴気孔の目詰まりによる小規模水蒸気爆発や泥の噴出による傷害
 安全のためには、危険な箇所への立ち入りを避けることが必要で、そのためには登山道のルートを選定し、逸脱防止のための柵やロープの設置、注意喚起の標識などの整備が不可欠である。
 黒倉山山頂の噴気は、頭打ちから低下の兆しがあるものの、山頂付近は噴気に覆われることもしばしばある。また、原因不明であるが、APS観測(光波測定)結果、山頂部は下倉山から遠ざかる形での変動が継続しており、その量は1999年7月から累積で約20cmにも達している。当面は、円形裸地から黒倉山山頂へ至るコースは立入禁止の措置を継続する。
 (2)大地獄谷の有毒ガス
 大地獄谷の噴気は、黒倉山〜姥倉山一帯の噴気とは異なり、有毒な亜硫酸ガス、硫化水素、塩化水素などを含んでいる。主噴気孔の温度、1998年6月2日135度から2000年9月7日には149まで上昇したものの、2002年10月3日には125度と低下し、火山ガスの成分からも活動が低下傾向にあると評価されているものの、登山道が谷の東側を通り、刺激臭が感じられることがしばしばあることから、その危険性について調査の必要性が指摘されていた。
 調査は、谷の上部(尾根側)と出口付近(谷側)の2箇所に、硫化水素濃度は、谷側10ppm以下、尾根側2ppm以下で作業許容濃度の10ppmを越えることがない。亜硫酸ガスは谷側では0.5ppm以下であるが、尾根側では瞬間最高値が3.5ppmと作業許容濃度の2ppmを越える日が数日ある。
 作業許容濃度は、その場所で労働者が8時間通常の作業を続けても身体に影響を及ぼさない日平均の濃度であり、大地獄谷の場合これを越えたのは観測期間77日のうち7日間であり、登山者が当該登山道に滞在する時間が短期間であることから、健康な人が登山道を追加することについては問題がないと判断される。但し、火山性ガスに対する注意看板(呼吸器疾患がある人は、作業許容基準の10分の1程度でも発作の危険性がある)、噴気地帯に立ち入らせない措置が不可欠であろう。作業許容基準の1年間100万人の観光客が訪れる阿蘇山では5ppmで立入禁止、全島民が避難している三宅島では、短期的に5ppmを越えた場合には対策が必要との基準が設けられている。



◆入山規制緩和に向けての安全対策

 2004年7月1日からの西岩手山の入山規制の緩和にあたって、県および関係町村で安全対策についての協議が進められており、2004年2月4日開催予定の「第17回岩手山火山災害対策検討委員会」で決定されるはこびとなっている。その方向性に関して、斎藤個人は以下のように考えている。

 1、緊急通報装置の取り扱い
  西岩手山で発生が危惧されていた水蒸気爆発は発生の可能性が極めて小さくなったこと、万一発生しても事前に警報を発するこ とが困難であると考えられること等を勘案して、西岩手山には新たな緊急通報装置は設置しない。東岩手山の装置のうち登山道入 口のものは、情報伝達などに活用を継続する。山中の装置は、これまでの冬期と同様にサイレンや電子機器を外すが、活動が活発 化した場合にはすぐ機能できるように当面支柱などを残す。
 2、登山者カード
  東岩手山と同様に、西岩手山登山口にも登山箱を設置し登山者カードの提出を全山で継続。
 3、姥倉山〜黒倉山稜線部など地温の高い区域、大地獄谷、黒倉山山頂部への立ち入り規制
  柵、ロープなどによる規制や啓発看板などの設置
 4、活動が活発化した時に速やかに対応すべく、行政機関、防災関係機関の連携体制の維持
 5、山岳協会員などの協力による避難小屋の管理と非常時の対応の支援
 6、山岳協会員などの協会による西岩手山の定常的巡視

 また、火山活動の監視観測体制、「岩手山の火山活動に関する検討会」や「岩手山火山災害対策検討委員会」などの検討会、テレビ会議システムなどは、当面現状の体制を維持継続し、噴火対策防災訓練や火山防災シンポジウムなどの防災意識の啓発は火山活動の推移を勘案しながら便宜開催を検討されることになろう。さらに、「岩手方式」と注視された関係機関の連携体制の維持、長期的視点の火山との共生の在り方については、今後も息長く、模索を続けることが重要と考えられる。
  



◆西岩手山の入山規制緩和に向けた安全対策

1、東岩手山の緊急通報装置の活用(西岩手山には新設しない)

2、西岩手山でも登山者カードを提出

3、地温の高い区域、大地獄谷など柵・ロープ等による立ち入り規制、啓発看板などの設置

4、活動再活発化に向けた関係機関の連携体制の維持

5、避難小屋の管理、非常時の支援体制

6、西岩手山の巡回監視

監視・観測体制の堅持、長期的視点での共生への取り組みなど



編集 岩手山の火山活動に関する検討会座長
    岩手山火山災害対策検討委員会委員長
斎藤 徳美